使徒の来ない日常のみで言うのであれば、十分に平和といえる第三新東京市。
その一角にある中級マンションの唯一の住人達の住んでいる一室から今日も今日とて、一個人に対する罵声の声が上がった。
「この、バカシンジ!!」
暦では本日は日曜日。使徒の襲来がなければエヴァンゲリオンパイロットのチルドレン達も本来の立場である中学生として、のんびりとした日々を送っていたはずだった。
そんな朗らかなお昼時を、エヴァンゲリオン弐号機専属パイロットであり、葛城ミサト部屋の第三の同居人である惣流・アスカ・ラングレーの罵声がぶち壊しにしてしまった。
大抵の人々は、こういった場合、彼女の指摘する人物に原因があると考えるだろうが、ここに至っては、それはあまり当てはまらなかった。
彼女がこう言った声を張り上げ、対象人物を怒鳴る時、そのほとんどの原因は彼女の我が儘にあった。
「お風呂のお湯が熱い」
「愛用のシャンプーが切れている」
「唐揚げの数が少ない」
など、自分でしろ!と突っ込みたくなるような理由を掲げては、エヴァンゲリオン初号機専属パイロットにして、葛城ミサト部屋の第二の同居人兼家事担当の碇シンジ(当初は当番制であったが、女性二名の生活力が皆無であったため、彼が専属となった)に色々と文句を言い立てていた。
その姿たるや、立派な虐めと言えたが、当の本人が気にしてないのかマゾなのか、それを虐待として意識したことはないようだ。
ただ、やはり不満はあるようで、時折反論はするものの、事なかれ主義が災いし結局彼の方から謝る・・・・と言う形が定番となっていた。
そして、今回の言いがかりはと言うと・・・・・・
「あんた何のんびりと寝てるのよ!もうお昼じゃない!さっさと昼食を作りなさいよ!!」
・・・・・なんて内容だったりする。
「ご、ごめん・・・・でも昨日は遅くまで機動実験してたから眠くて・・・」
リビングの中央で、葛城ミサト部屋の第一の同居人である温泉ペンギンの『ペンペン』と共に平和的にお昼寝をしていたシンジは、罵声と共に叩き起こされるや、寝ぼけた思考で答えた。怒鳴られたら謝ると言う習性が身に染み込んでいるのが証明されたような光景だった。
「だからって、私に、お昼なしでいろってぇの?さっと起きなさいよ!」
(自分だって今起きた格好してるくせに)
と言う、アスカの現状に対する突っ込みを飲み込み、シンジはもそもそと起き出した。
「ほんっとにぐずなんだから!」
「・・・・・・・・」
「何よ・・・」
「アスカ・・・・毎日そんなにかりかりして疲れない?」
「はぁ?」
唐突だった。何を意図しての問いかけか、にわかには判断しかね、アスカは素っ頓狂な声を上げた。
「少しは笑っていれば気が楽になると思うんだけどな。その方が平和だよ」
どうやらシンジの意識は完全には覚醒していない様である。虚ろな眼に今にも眠りに陥りそうな彼の表情を見て、アスカはその事を悟った。
「何、馬鹿言ってるのよ。『笑え』なんてそれこそファーストに言えばいいじゃない」
「彼女は笑ったよ。だからアスカも・・・・・・」
レイの笑顔。それは生死を、一瞬のチャンスに賭けた、第五使徒との戦いの直後に見た一時の出来事。
今思えば、それこそ夢であってもおかしくはない。そう思うと、いよいよもってシンジの言動は夢と現実と過去が交わった状態になっていく。
寝ぼけという状況によって自制心と恐怖心が麻痺していたシンジは、通常では考えられない行為に移っていた。
「はっ・・ひゃぁんん!」
アスカが妖しい声を上げる。無心だった為か、予備動作無し状態から繰り出されたシンジの右手がアスカの左腰に張りつき、ぐにぐにと揉み回したのである。
流石の彼女も思わず身を捩りシンジとの間合いを取った。おそらく初めて彼女がシンジから退いた瞬間だった。
一方のシンジも、柔らかなアスカの身体の感触と、今まで聞いたこともない彼女の艶やかな声に、一気に覚醒し、己の行為におののいた。
「あ・・・・あの・・・・」
思いっきり後悔するシンジであったが、結果の後ではもう遅い。彼の目の前には、身体の表面から赤いオーラを放ちながら仁王立ちする赤鬼・・・もとい、アスカの姿があった。
「この馬鹿!エッチ!!変態!!!信じられなぁ〜〜い!!!!」
アスカ・スペシャルコンボが炸裂し、シンジの身体が宙に舞い、某漫画の如く頭から落下した。
「・・・・・・・・僕はただ・・・・・アスカに笑ってもらいたかっただけなんだ・・・・・・」
血の海の沈み、薄れ行く意識の中シンジは呟いたのだった。
新世紀エヴァンゲリオン
第X話
死に至る笑い
今、ネルフ本部は騒然としていた。第三新東京市周囲に設置されていた対使徒用のセンサーが反応を示しているのも関わらず、その姿が確認できず、次々とその発進信号を途絶させていたのである。
「D−3センサー消えました。これで8つ目です」
「以前監視モニターには使徒の姿は確認できません」
「予想進路に変化はない?」
「はい。先程の消失もMAGIの予想に合致しています。目標は速度・方向を変えず真っ 直ぐにこちらに進行している模様です」
「今度の使徒は透明とでも言うの?」
「正確には、特殊なカモフラージュを施しているか・・・ね」
「偵察隊はどうなってるの?」
「現在目標地点に進行中。あと33秒で到着します」
「急がせて!敵の正体が分からなければEVAでも対応がしにくいわ」
暇な時は惰眠をむさぼる作戦部長の葛城ミサトも、この時ばかりは勤勉さを十二分に発揮し、肩書きに相応する働きをせざるを得なかった。
「EVA各機は上に出して待機させておいて」
今、彼女が具体的に指示できる事はそれしかなかった。
ミサト達が出来うる限りの対処を行っている間、司令席より1ランク高い位置にある総司令席では、指令&副指令である碇ゲンドウと冬月コウゾウの二人が複雑な心境でモニターを見つめ、周囲に聞かれない事を良い事に、裏事情丸出しの会話を交わしていた。
「・・・・だが、どう言う事だ碇、この様な事態はアレには予定されていなかったぞ」
「おそらく企画外・・・ノンナンバーズの使徒だ。人類補完計画そのものに関わりはないが、放置しておくわけにもいかん」
「ここに現れた事で、それは当然だが、全くデーターの無い相手は、場合によっては予定の連中よりもやっかいだぞ」
「心配ない。しょせんは登録を抹消された出来損ないだ。最後まで我々を追い込む事は出来はしない」
「そう祈るよ」
使徒に関して起こる事の全てをあらかじめ知っているゲンドウにとっては、今回の事態は興味すら覚えない事であるらしい。
冬月は、ゲンドウのその余裕がそのまま持続される事を本気で願った。
「偵察機、目標に到着!映像出ます」
オペレーターの声が司令部に響いた。
「な、何これ!?」
映像を見て放たれた第一声は司令部全員の思いを代弁していた。
そこに映った物、それは地面の広範囲に渡って広がる緑色のスライムだった。
巨大なアメーバを思わせるそれは、山の斜面をはいずり進み、進行上の木々を包み込みはしても押し倒したりはせず、ネルフが設置していた人工物であるセンサーに対しては容赦なく自重によるプレス制裁を行っていた。
その姿たるや、映画『ブロブ』のクライマックスを彷彿させた。
「なるほどね。地べたをはずっていたんじゃあ、目視できない訳よね・・・・・で、現時点で何か分かる?」
「はい・・・形状は不定形。今、偵察機による爆雷投下を行いましたが表層に全く変化無し。爆発力をATフィールドによって押さえ込まれた模様です」
「そう、今回の使徒はATフィールドを衝撃緩和剤代わりにしてるってわけね・・・・毎回毎回色々と工夫して出てくるわね」
ミサトは相手に対し、忌々しさを感じる一方で、その発想力に感心も禁じ得なかった。
「現時点では情報が少なすぎるわ、どうするのミサト?」
赤城リツコ博士の問いかけにミサトはしばし考え込んだ。だが、時間的余裕がない彼女は漠然とした指示を与えるに止まった。
「EVA各機を使徒の進行面に対して平行に配置して、肉眼で確認でき次第、各兵装で迎撃させて。それから、こちらからも使用できる火器で砲撃を開始し、EVA各機を援護して」
ミサトの指令を受け、早速、都市の兵装ビルがミサイル発射態勢となり、待機していたEVA各機にも武器ビルから銃器が配給される。零号機にはスナイパーライフル。初号機にはパレットライフル。弐号機にはポジトロンライフルが用意された。
『いい、作戦はとにかく断続的な攻撃によって相手を圧倒する事を目的とします。確実なのは使徒のコアを破壊する事だけど、現時点では位置も把握されておらず、推測も出来ない状態にあります。位置が判明次第、データーを送るから、後はそこめがけて集中砲撃を行って』
「いつもながら行き当たりばったりな作戦ね」
ミサトの指示を受け、アスカは落胆した声を上げた。
『仕方ないでしょ。アポ無しの訪問客相手にまともな対応できるわけないじゃない。無礼なお客は門前払いが妥当なのよ』
『来たわ・・・・・』
ミサトの軽口に何の感心も見せず、零号機のレイが静かに言った。
「「「!」」」
一同の注意が集中した先、丁度、山の頂上の部分に、使徒の一端がたどり着き、流れる水飴のごとく、徐々にその姿を増大させて、その斜面を下りだす。
「砲撃開始!」
号令のもと、一斉砲撃が開始され、各種の弾頭が次々に使徒のスライム状の身体を直撃する。
だが、弾力と粘性に富んだその身体は、己の身を貫こうとする弾丸を包み込み、四散させようとする弾頭を抑え込み、焼き尽くそうとするエネルギーを難なく吸収して行く。
「何よあれぇ、全く効果無いじゃない!!」
EVAと迎撃設備の一斉砲撃を受けつつも、体表を水面のように僅かに震えさせるだけの反応しか見せずに前進を続ける使徒の姿を見て、アスカは焦りの声を上げる。
『EVA各機は砲撃を使徒の進路上に変更!ミサイル弾頭は信管を命中後ではなく、命中直前に炸裂するようにセットし直して!』
変更された命令は、すぐさま実行され、周囲に対する被害を考慮しない攻撃が再開された。
使徒も流石に自分の足場が次々に砕かれ変形させられると、その進行を止めざるを得なかった。
それが何らかの変化を引き起こしたのか、使徒の体色が変化を始め、鮮やかな緑色からややくすんだ草色へと変色していった。
これが苦しみの色なのか攻撃の前兆なのか、即座に理解する者はいなかった。だがアスカ、は波打つ使徒の身体の一角に、特有の光を放つコアがその姿を現すのを見逃さなかった。
「目標発見!いっくわよ〜!!」
血気盛んで、しかも、自分こそがナンバーワンであることを意識するアスカは、己の手で決着をつけるべく、武器ビルから高周波を発生させる槍『ソニックグレイブ』を取り出すと、近くにいたシンジ達など止める暇もなく、いきなり突進をかけた。
「アスカ!まだ間合いが遠いわ!」
コアがある位置とそれを取り囲むスライムの半径。そしてEVAのエネルギー源である電源ケーブルの長さを瞬時に判断して、リツコが制止の声を上げた。
「大丈夫よ、一瞬で決めるわ」
アスカはそう言いきると更に弐号機の脚を早め、ケーブルの長さが限界に達する寸前、自らケーブルを切断して内蔵電源に切り替えると、スライムに取り込まれていない岩を踏み台にしてコアへの距離を縮めた。
「もらったわ!」
この手のシーンの呪文の様な台詞と共に、弐号機は高々とジャンプしコアめがけてソニックグレイブを突きだしたまま降下していった。
(やった!)
司令室の誰もがそう思った。使徒のコアは垂直落下した弐号機によって串刺しにされるはずであった。
だが、ソニックグレイブの切っ先が命中する直前、周囲のスライムが切っ先を捉え包み込み、落下位置を僅かにずらしたのだ。
「!!?」
寸前の所でコアを外した弐号機は、さながら水たまりに落ち込むかの様に、スライムの上に落下した。
「し、しまった!」
落ちた場所が単なる水・泥溜まりでは無いこと位、アスカには分かっている。慌てて脱出を試みたが、それより早く敵対者の接触を感知していた使徒の身体を形成するスライムが、弐号機の身体を包み込み始めたのであった。
「はっ、ああっ、こ、この〜!」
アスカは藻掻いたが、既に弐号機は臑から太股辺りまでをスライムに包まれ、自力の脱出は不可能となっていた。
EVA越しの感触とは言え、得体の知れない物体に太股を這いずり回られる感覚に、アスカは鳥肌を立てた。
「アスカ!弐号機はどうなっているの?侵食されているの?」
ミサトが思わず悲鳴に近い声を上げた。
「状況は不明ですが、侵食ではありません」
常にEVA各機の状況をモニターしているオペレーターのマヤが、その問いかけに答えた。
「どう言う事?」
マヤの報告の意味が理解できず、ミサトが更に問いただす。
「使徒に取り込まれた部分のモニターが出来なくなっています」
「おそらく使徒が防御に使っているATフィールドの影響ね。どちらにせよ、このままじゃ弐号機の全身が取り込まれるのは時間の問題よ」
後輩の報告に、リツコが科学者の特性を発揮して補足を語った。決して悠長に聞く事の出来る内容ではなかったが・・・・・・
『アスカを助けます!』
シンジの通信だった。弐号機の窮地に司令部が躊躇していた時間は決して長くない。指示を待つ側が焦れるほどの時間は間違っても経過していない。したがって、シンジの判断と行動は誰にとってしても意外と言う感情で迎えられた。
「シンジ君待って、現状ではどんな攻撃も通用しないのよ!」
『ATフィールドを中和してみます。そうすればコアの防御だって・・・・』
そう言う間にもシンジの初号機はアスカが行ったのと同じ方法で使徒との距離を詰め、大きくジャンプした。その手には銃と剣の二つの機能を有した『カウンターソード』が握られている。
使徒に接触寸前、初号機がジャンプする。ここまでは状況は同じだった。だが、初号機が自分のATフィールドを中和している事を知った使徒は、身体の一部を数本の触手状に変形させ、攻撃を始めた。
「この!!」
初号機がカウンターソードを振って数本の触手をなぎ払い、零号機の援護射撃が残り数本を撃ち払った。
闘う事に疑問や嫌悪感などを抱きつつも闘い慣れしてきているシンジは、この瞬間の隙を見逃さず、初号機はコアめがけカウンターソードを振り下ろした。
「やったの!?」
ミサトが思わず問いかける。
「い、いえ、失敗です。使徒はコアの位置を移動させて攻撃を回避」
「なんて事!」
その焦りは、むしろ一回限りのチャンスに失敗してしまったシンジの方が大きかった。スライムの中を流されるように移動するコアに向けて弾丸を撃ち込むものの、分厚いスライムの壁に阻まれ勢いを殺されるだけでなく、カウンターソード自体がスライムに包み込まれ自由に扱えなくなっていた。
「初号機にも使徒がとりつき始めました。状況は先と同様」
そのモニターには弐号機同様、スライムにまとわりつかれ始める初号機の姿が映し出されていた。
「碇君」
シンジとアスカの窮地に思わずレイが動くが、それを素早くミサトが止めた。
『待ちなさいレイ、今のままでは貴女も同じ結果になるわ。一旦後退よ』
「でも二人が・・・・・」
『命令よ、従いなさい』
「・・・・・・・・・・・はい」
(いつもながら)突如として襲来した使徒に初号・弐号機が取り込まれた時点で、第一次迎撃戦は終了となった。
不満ばかりが残る結果となって。
The Tinkling(アイキャッチ(笑))
「使徒を焼き払う?」
作戦会議の場で突如としてリツコが提案した言葉に、ミサトは思わず声を荒げた。
「そうよ、試作されていたEVA専用のフレイムランチャーで使徒の本体を形成するスライムを焼却してしまうのよ。零号機一機だけでも十分に実行はできるわ」
「でも相手は、エネルギー弾や銃弾も緩和させてしまうタフな存在よ」
「それはATフィールドを使用したからこそで、今、使徒にそれだけの余力はないわ」
「どう言う事?」
「使徒は、自分の身体を形成するスライム内にATフィールドを形成して、取り込んだ物を圧壊させたり、自信の防御を行っているわけだけど、今現在、取り込まれたEVAは二体とも無事でしょ」
「そう言えば・・・・どうしてなの?」
「これは、不幸中の幸いだったんだけど、使徒はテストを行っていた、ATフィールド中和システムの設置地点にいたのよ。そこでシステムを緊急起動させて、使徒のATフィールドを中和したの。そのため、使徒はEVAを包み込むまでは出来たものの、それ以上の行動が出来ないでいるの」
「つまりは、手詰まり・・・無防備状態な訳ね。あ、でも、手詰まりと言う点では、シンジ君達も一緒か・・・」
「そう、だからこそ、外部からの焼却も可能なのよ。ただ問題なのは・・・・」
「何かあるの?」
「現時点で使徒とEVAが物理的接触状態にあるって事。これによってシンジ君達がどんな状況にあるか全く分からないのよ」
「場合によっては精神汚染の可能性もあると?」
「事、最近の使徒の行動と、接触したシンジ君の報告を考えれば、可能性は否定できないわ」
「事態は一刻を争う・・・・って事ね」
アスカは夢を見ていた。それが使徒との接触によって引き起こされたものであるという実感もあったが、不思議と恐怖感も興味も無く、自分の存在さえもどこか希薄な状態になっていた。それは使徒との接触によって得た状態であり、使徒の持つ僅かな感情の影響でもあった。
今、彼女は、宇宙空間にも似た闇の中を、いつものタンクトップとホットパンツのラフな格好で漂っていた。
そんな彼女に『何か』が呼びかけてきた。
『あなたは何?』
おそらくは使徒の声なのだろう、それが直接アスカの頭の中に響いた。
「あんたに敵対するヒトよ」
本能的に相手が敵である使徒である事を悟ったアスカは、敵意を剥き出しにして応えた。
『ヒト・・・?私と違う存在・・・・でも、同じ存在のように感じる・・・・』
「同じな訳ない!自分自身は一人よ他人なんて関係ない」
『他人・・・私には他人なんていない『個』にして『全』、唯一の存在・・・・』
「そんな事知らないわよ。ヒトだって結局は一人、頼れるのは自分だけ、私も一人で生きていくのよ!」
アスカのテンションはかなり高かった。ほとんど強制的に心の中に呼びかけてくる使徒に対し、拒絶する事のできない苛立ちと、無断で心を覗かれる様な感覚が、彼女の神経を逆撫でした様な状態になっていたのである。
無論、そんな事は使徒の意識して行った行為ではない。
『生きていく・・・・それは生命の始まり・・・でも、あなたは何故生まれたの?私は何故存在するの?私は何のために生きているの?何をしていけばいいの・・・・』
「うるさぁい!!」
アスカは思わず怒鳴った。思わぬ状況で予想だにしなかった『使徒』との会話だったが、その内容から察する事のできる目的のない生き様に、シンジの嫌いな面を思い出し、つい苛ついてしまったのである。
「そんな事は自分で見つける事じゃない。あんた、そもそも何のためにここへ来たのよ!」
アスカの気合いの入った問いかけに返答はなかった。使徒が気迫負けしたのである。
実際、ここ第3新東京へ来たのは全ての『使徒』の習性のためとも言えたが、この使徒はそれを実感しておらず、なんとなく・・・・といった程度の理由であったのだ。
基本的な思想がシンジと似ているのか、アスカを『苦手な存在』と、早々に位置づけた使徒は、それ以上彼女との関わりを避け、意識をもう一人のヒトに向けた。
『あなたは何?』
「碇・・・シンジ」
唐突な質問にシンジは動揺せず答えた。こう言った状況には数度遭遇しているため、アスカよりも余裕があるように見受けられた。
『あなたもヒト?』
「そうだよ・・・・」
『あなたは・・・・何のために存在するの?』
「分からない・・・・・・・」
『私は何のために存在するの?』
「分からない・・・・でも先生は、何かしらの役目を背負って・・・ヒトは生まれてくるものだって言ってた」
『それじゃ、私は一体何をすればいいの?』
「分からない・・・・でも、みんなに認めてもらえれば良いんだと思う」
『何をすればいいの?』
「みんなのためになる事・・・・・・そう・・・・みんなに喜んでもらえる事をすれば良いと思う」
『喜んでもらう?それは何?どうするの?』
「みんなが笑顔になるような事・・・・かな?」
『私の中にいるもう一人の存在も「みんな」の中に含まれるの?』
使徒の言う意味を、シンジはすぐには理解できなかった。だが、『アスカ』のイメージが直接シンジの脳に伝えられ、表現力不足を補っていた。
「うん・・・そうだよ。この世界にいるヒトそれぞれが、「みんな」なんだよ」
『どうすれば、みんな笑顔になるの?』
使徒にしてみれば好奇心からなる純然な問いかけであった。だが、常識・知識を持っている者は、つい、その言葉をテーマに色々な事を考える。
無論シンジも例外ではなく、笑顔を得る為の手段を色々と想像していく。それによる結論は固定概念・経験・状況・知識によって異なってくる。
そして、彼の場合、どうしても今日の寝起きの一件が強く印象に残っていたため、その事が知らず知らずのうちに、力強く脳裏にイメージされてしまった。
『そうすればいいの・・・』
唐突に使徒が言った。シンジは自分の考えを言葉にして伝えた覚えはなかった。だが、今まで実感がなかっただけで、彼等は心の中で会話を行っていたのである。当然、強くイメージされた物は、この場合は大声と大差無く、シンジの考えは筒抜けとなっていた。
「え?いや・・・これは・・・・」
自分でも思いっきり間違いである事を自覚し、慌ててそれを否定し、正しい説明の方法を思案するシンジであったが、この様な漠然とした事が簡単に説明できるはずもなく、そうこう戸惑っているうちに、目に見えない使徒の存在が遠ざかっている事を彼は感じたのだった。
『ありがとう・・・頑張ってみる』
心残りとなるお礼を告げ、使徒の意識はシンジの周囲から消えた。
アスカは虚無空間の周囲に、再び使徒の気配を感じて警戒心を抱いた。
「あんた、何だってまた来たのよ!」
彼女にとっては、周囲に感じる『存在』が使徒であると分かると、それだけで不快な物でしかない。
『あなたに喜んでもらいたいの・・・・』
唐突な発言にアスカは思いっきり眉をひそめた。
「何、わけの分からない事を言ってるのよ。そんなの、あんたが消え去ってくれれば・・・」
使徒殲滅を任務とし、自分の存在意義にしている彼女が、至極当然の主張を行ったが、その言葉は最後まで放たれなかった。突如、アスカの周囲に幾つもの、丸いハンドボール位の大きさの物体が出現したためである。
「な、何なのよ?」
さすがの彼女も、得体の知れない物に包囲されて心細さを隠しきれないでいた。
その物体は無重力に浮かぶ液体のように、球形から不規則に不定形に形状を変化させ、再び球形へとスクリーンセーバーの様に形状変化を繰り返しつつ、彼女の隙でも窺うかの様に不気味に浮遊している。
無言のまま、その上、ほぼ使徒の一部であろうそれに完全に包囲されながら、唯一の対抗手段であるEVAもない状況に、アスカの緊張は自然に高まり、全身から冷や汗をうっすらと滲ませていた。
『あなたに喜んでもらいたいの』
再び使徒の声がすると、周囲の物体に一斉に変化が生じた。
不規則に不定型な変化を繰り返したそれが、一斉に球形になったかと思うと、その中央に使徒共通の球体(コア)を露出させた。
「!?」
それを目の当たりにしたアスカが、改めて相手が『使徒』である事を認識した直後、周囲に浮かぶそれは再び形状変化を起こし、本体から触手のような物を生やし、彼女に向けて伸ばしてきたのであった。その様子は、植物の種から伸びる根を早送りで見ているようでもあった。
本体の体積を無視して的確に伸びる触手の先端を見て、アスカは悪寒を感じ、そして更に変化したその先端を見て、言いようのない恐怖を感じた。
そう、アスカに伸びる触手の先端全てが、人の『手』の様な形状をとり、事もあろうかわきわきと蠢きだしたのである。
「ちょっ・・・・・まさかあんた・・・・・」
『喜び・・・それは笑顔・・・・もう一つのヒトはそう教えてくれた。あなたに笑ってもらいたいの・・・・』
「もう一人?・・・・シンジ?」
周囲の状況と、その言葉の意味する事を瞬時に悟り、アスカは蒼白になった。
「い、い、いっ、いやぁあああ!」
得体の知れない使徒との物理接触以前に、今から行われようとしている行為に対する恐怖から、アスカが悲鳴をあげ、脱兎のごとく逃げ出した。
誰に対しても勝ち気で退く事を知らず、そして選択しない彼女が、なりふり構わず逃げ出したのである。しかし、周囲を囲まれた彼女に逃亡成功はあり得なかった。
何本もの触手が彼女の四肢に絡みつくと、外見からは思いもよらない力で引っ張り上げ、あっという間に彼女の自由を奪ってしまった。
「は、離しなさいよ!」
そんなアスカの抵抗も意に介さず、残った触手が彼女の身体に取りつき、恐る恐ると言った表現が合う、ゆっくりとしたタッチで撫で上げた。
「はっ・・・・・く・・・・」
全身を駆け抜けた感触に、アスカは息を詰まらせ身震いした。
そんな彼女の反応に手応えを感じたかのか、触手は一斉に、それでいて実にソフトに彼女の全身を撫で回すように、こちょこちょとくすぐりを始めた。
「んあぁっ・・・・・あっ・・・は・・・こ、こ、この、やめなさ・・・・んんんっ」
全身を襲うくすぐったさに必死に耐えながらアスカは藻掻いた。何とかして四肢の触手を振り解き、少しでも身体をガードしたいと思うものの、数本の触手が複雑に絡み合ったそれは、容易に解けるはずもなく、まだ誰にも許した事のない肢体を良いように蹂躙されていた。
「んくっ・・・・あ・・あひ・・・い、いい加減に・・・あっああああっっ・・・や、やめないと、後が・・・・くひゃ・・・く・・・くう・・くくく・・・」
アスカは拳を握りしめ、歯を食いしばり、今にも吹き出しそうなのを必死に堪えていた。一度その堤防が崩れれば、後はなし崩しになるだろう事を悟り、また、使徒に良いようにくすぐられて笑う事を屈辱に思えた理性が、彼女の精神を支えていたのである。
だが、ソフトタッチによるくすぐりによって、皮膚が過敏になってきた彼女の身体は、徐々に刺激に弱くなり、その精神の堤防も崩壊に近づいていた。それは砂の壁が波に襲われている様子にも酷似している。
そして何より、使徒も持ち前の学習能力で、くすぐりと言う行為の特性と効果的なやり方をすばらしい速度で学習し、徐々にその技術を増していたのである。
「くひぃぃぃぃぃ!や、止めなさいって・・・あはっ・・・い、いっ、言ってりゅ・・・ふはひゃぁぁぁぁ!」
アスカは出来うる限り身を捩って、まとわりつく触手を振り落とそうと試みたが、弾かれてもすぐに触手は立ち直り、再び彼女の身体に取りついて離れようとはしない。
アスカの艶めかしい反応を堪能しながら学習し続ける使徒は、シンジのイメージから得た、撫で回しのような単純なこちょこちょから、『揉み』と『突っつき』と言う新たな手法を、誰に教わる事もなく、会得してしまう。
恐るべし使徒の自己進化能力と学習能力。
使徒は、早速自ら会得したその技をアスカの身体で実践し始めるべく行動を開始した。
粘土細工のように数本の触手が集まり、人間の腕と大差ない大きさになり、その先端から伸びた指が、あたかも人の手のように彼女の両腰に取りつき、その柔らかい両腰を絶妙な力加減で揉みだし、他の触手は人の指先程の先端で、脇の下から脇腹までを一斉に突っつきだした。
「あっあああああぁぁぁ!!!!」
アスカは悲鳴をあげ、狂ったように、特に首を振り回してその新たな刺激に耐えようと必死になって堪えたものの、脇の下、脇腹、腰と言う弱点を、初心者とは思えない的確さでくすぐられては、長く耐えられるはずもなかった。
「あ・・・ああ、あ〜〜っ!ああ、ああっ、あ〜〜〜っはははははははははははははははは!きゃひひひあはははははははははははは!」
暴れ続け、服が乱れ、あられもない姿になると言う恥ずかしさもかなぐり捨てて、必死に耐え続けていたアスカも、遂に限界を超え、これ以上ない大笑いをしてしまう。
それに気を良くしたのか、触手の動きもまだ先があるのかと思うような勢いで活発になり、一層彼女の身体を責めまくった。
「きゃあっはははははあははははははは!ひ〜っひひひひひひ!あはっあはっあはははははははははは!」
今までに体験したこともない激しいくすぐったさに、アスカは気が狂わんばかりに笑い悶え、激しく身体を捩った。
極限状態におかれたアスカはそんな中で火事場の馬鹿力的な瞬間的な力の発現を見せ、拘束されていたはずの四肢を振り乱して暴れ回った。
だが、そんな抵抗も焼け石に水で、彼女がいかに身体をガードしようとも、それには限界もあり、彼女の四肢を上回る数の触手は起用にそのガードをかいくぐり、彼女の弱点を責めたり、新たな弱点を発見するのであった。
「あはっあはっ!あははははははははははは!!」
両脇をしっかりと閉じたかと思えば、その下の腰に『揉み』と『突っつき』が集中し、たまらずエビぞってしまい、
「ひゃ〜〜〜っはははははははははははははははは!!!」
今度はその突き出された腹を、何本もの触手が撫で回す。
「いや、いやぁ!もうだめぇっっっっはははははははははははは!」
そしてたまらず身体を丸めてみても、完全に無防備になった背中に触手が殺到して、休む間もない、くすぐったさを与え続ける。
既に使徒は、アスカのほぼ全身が、くすぐり方によって良い反応がある事を知り、その全容を探るかのように熱心に、全身を責め続けた。
年頃としても感じやすく、くすぐりにも強くないアスカは、そんな貪欲な責めに到底太刀打ちできず、なりふり構わず笑い悶え、相手に新たな弱点と言う情報を与え続けた。
「きゃっはははははははははは!あ〜っははははははは!ひ〜っひっっひひひっひひひ!!」
笑い狂いながらほとんど本能的にアスカは身体を振り乱す。だが、彼女がどう抵抗したところで、触手によるくすぐりはいっこうに衰えず、四肢を引き寄せても、そこに巻き付いている触手がゴムの様に伸縮し、決して彼女の優位な姿勢になる事を許さなかった。
手足にゴムで縛られ暴れているような状態であるため、アスカの体力は徐々に低下していったが、それにも増して精神面の疲労は激しかったと言えるだろう。
それでも人の限界と言う物を知らない使徒は、好奇心そのままでアスカをくすぐり続け、その反応に言いようのない興奮を覚え始めていた。
「あはあははっははっっっはあははははははははは!ちょ、ど、どこ触って・・・ひゃっははっはははははっははは」
突如、アスカが違った反応を見せ身を捩った。体力が低下した事を悟った四肢の触手がここぞとばかりに枝分かれをして、彼女の身体を這い上がったのだが、その内の、足の一本が、太股からホットパンツの内側に潜り込み、そのまま通り越してその先のタンクトップの中にも潜り込んだのである。
そして腕の2本は、こちょこちょと腕をくすぐりながら螺旋を描くように這い上がり、やがて目標地点である脇の下に辿り着くと激しく暴れ回り、もう1本の触手は、まだ責めていなかった足の裏をスッスと撫で回し始めた。
「ひゃひぃぃ!ひゃっはははははははははははははははは!ああああっはははははははっはははははははははは!」
足の裏と言う、今まで隠れていた弱点の一つが探り当てられ、アスカは又、激しく笑い悶えた。
そう言った、今までに無い反応は、使徒の興味を引きつけ、足の裏に対する責め率を強化させる形となる。
「あひ、あひ、あひゃははははははっははははは、ぎゃっはははははははははははは!や、やめ、やめ・・・っははははははははは!」
足の裏という、今までとは異なった個所の責めも、使徒は凄まじいスピードでコツを掴み、揉んだり突っついたりすると言う行為が効果的でない事を悟って、撫でたり引っ掻いたりといった責めを選択し、重点的にそれを行った。
「やはははははは、あああっははははははは!いやぁぁぁぁ!」
最後の力か、アスカが思いっきり足を振り回し、足の裏にまとわりついた触手を振り払った。
今だに全身はくすぐられていたが、少しでも緩和されるならと思ってか、彼女は必死に足をばたつかせ、触手が近づく隙を与えないよう試みる。
それでも、ゴム状となっている拘束担当の触手は外れてはいなかったため、ある程度の時間を待てば、無限ではないアスカの体力は自ずと尽きるはずだった。
だが、そんな時間さえも惜しいと思ったのか、触手は暴れるアスカに対し、更に責め方を変えた。
足に絡みついている触手から、小さい4本の触手が分岐し、アスカの足の指の間に潜り込み、ぶるぶると震動し始めたのである。
「かっはぁああぁぁぁぁ!」
俗に足の指の間は性感帯と言われており、アスカもその例に倣っていた。両脚全ての足の指の間を同時に責めるという、人間では絶対に真似できない責めを受けたアスカは、未知なる刺激に仰け反った。
「あかあぁっ!あっあっあっ・・・あひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
指をくねくねと蠢かせ、足首を振り乱し、脚をばたつかせ、激しく悶えるアスカ。だがどんなに抵抗しようとも、足に絡まった触手もゴム質となって、一瞬たりとも離れる事はなかった。
その攻撃が効果的と悟った使徒は、それを踏まえ、アスカに対し、遂に総攻撃に移った。
触手は今までにない強い力でアスカをX字の体勢にすると、残った触手が数本1セットとなって、人間の手ほどのサイズとなり、彼女の肢体の弱点に、的確に群がった。
無防備な両脇の下はこちょこちょと擽られ、両脇腹は左右からぐにぐにと揉み回され、内股はバイブレーションを起こした指先で触れるか触れないかのタッチで撫で回され、足裏は数も動きも不規則に変化する指先がはい回った上、時折、先程のように指の間をバイブレーションさせた。
「ああっ!あ〜〜〜っっっっっっはははははははははははははは!!!ぎゃひぃ〜っっひひひひひひひひ!ぎゃはははははははははは!!ひょひょひょひゃひゃははははははははあははは!」
この、くすぐりのフルコースに、アスカは一瞬も耐える事なく、悶笑した。
全身を駆けめぐるくすぐったさに、ほとんど反射反応の様に身体を捩らせ、過敏に反応するアスカの様相は、責める側に興奮を引き起こさせる。当然アスカにはそんな意志はなかったが、望もうと望むまいに関わらず、彼女の肉体は刺激に艶めかしく反応するのであった。
「あふっあひっあひっひゃっははははははははははははははははははは!あ〜っっははははははははははは!!」
空間に浮いたままの状態で、立っているか横たわっているかも分からぬまま、アスカはのたうち回る。
手足はかなり動き回るものの、弾力のある触手はすぐに彼女の姿勢をもとのX字に戻してしまう。その上、彼女がいくら藻掻こうと、触手のくすぐり責めは担当のポジションをずらすことはなかった。
これは、ある意味、完全拘束されてくすぐられるよりも質が悪いと言えるだろう。
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